カテゴリ:不思議な話 怖い話( 6 )

貯水率が下がったダムのニュースを聞いて思い出したキャンプの話

先日、ダイビングに行く車の中で、koji君と「最近、○○ダムの貯水率が下がって、ダムの下の道が見えてるらしい」という話になった。
この○○ダムというのは、僕が子供の頃はまだダムではなく、普通に川原があって人が出入りできる場所だったのだが、
高校生の頃にここでキャンプをして不思議な体験をした事があったのでkoji君とその話に・・・

この話は冒頭で書いた通り、自分が高校1年生か2年生の時の話で、
うちの父親の妹夫婦の旦那さんが、トヨタのラウンドクルーザー60(ロクマル)という大きな4WDの車に乗っていて、
その車で道なき道を行くような事や、キャンプをするような事が趣味だったので、
父親の妹夫婦とその息子二人、うちの家族の合計8名で、現在はダムの下になってしまった川原にキャンプに行った。

うちの父親は当時、ハイエースの普通のワゴン車に乗っていたので、その車では川原に降りる事ができず、
大きな橋がある所に車を停めて、おじさんの車で川原に降りてキャンプする場所に向かった。
そのキャンプする場所というのがまたすごくて、車で川に突っ込んだと思うとどんどん川の中を走って行って上流の方に・・・・。
当然、一度で8人は乗れないので2回に分けて移動したのだが、テントを張るという場所の周囲には誰もいませんでした。

テントを張った場所というのが、川の広い中洲のような場所だったのを覚えているのですが、
その時は雨が結構降っていて、今思えば雨が降っている中、川の中州でキャンプというのは、あまりにも無知で愚かな行為だったような気もします。
当時、自分は高校生だったからわからなかったけれど、今だったら「雨の日にこんな場所でキャンプなんてとんでもない!」と言ってるでしょうな。

もう30年以上前の話なので、昼間に何をしたのか?など、詳細な記憶はないのですが、はっきりと覚えているのは夜になってテントの中で寝ている時の事です。
まず、このテントというのがすごい大きさで、テントを張ると部屋がいくつもできるような構造でした。
何しろ8名が入れるテントでしたし、おじさんの話で覚えているのは、このテントを洗う時はどこかの港に行くと行っていましたから。

1日目の夜

その大きなテントで寝ていると、何時くらいだったかは全く記憶がないのですが、テントの外で足音がするので目が覚めました。
最初に思ったのは、自分たちが食べた物をあさりに近くにいる動物が寄ってきたのだろう・・・という事でした。
テントは大きかったのですが、縁をめくるとすぐ外は見れるので、手元にあった懐中電灯を持ってテントをめくり外を見渡してみました。

テントをめくって外を見ると、同時に足音も聞こえなくなるのですが、それらしき動物は何もいません。
川原はかなり広いので、仮に狸みたいな動物がいたとしても、逃げていく後ろ姿くらいは見えるはずだと思いました。

なんだろうな?と不思議に思い、また寝ようとするとまた外で ザッ、ザッ と足音がするのです。

再度、テントをめくって懐中電灯で周囲を探すのですが、動物もいないし何の姿も見えません。
その時に思ったのは、姿が見えないという事なら鳥なんじゃないのか? と思ったのですが、
考えてみると、羽をバタバタさせるような音も聞こえないし、だんだん気持ち悪くなってきて、
持ってきていたウォークマンのヘッドホンをして、再生ボタンを押し音楽を聞く事にしました。
今でもよく覚えているのですが、その時に流れてきた曲は、レベッカのモータードライブ です。

翌日、自分は全く覚えていないのですが、夜に起こったこの事を誰かに話したという記憶がありません。
子供だったので遊ぶのに夢中だったのか、その時は忘れてしまっていたのかわからないのですが、
おそらく誰にもこの話をしなかったような気がします。

2日目の夜

足音が聞こえた次の日の夜、寝ていると今度は母親に起こされました。
「あつし、あつし、なんか外で足音が聞こえるんだけど・・・」 母親にそう言われて起こされて、前の日にも自分は足音を聞いたと、
その時初めて母親に言ったような気がします。
自分は何か動物がやってきた・・・と最初思ったのに対し、母親はお金目当てに物取りみたいな人が来たと思ったそうです。

その時に気がついたのは、川原に転がっている石は、小さな物でも大人の握りこぶしくらいの大きさはあるので、
小さな動物や鳥が歩いたくらいでは、自分たちが聞いているような足音にはならないだろう・・・という事でした。
そしてよく聞くと、それは人間の歩幅というか歩くタイミングであり、人間くらいの体重で川原を歩く音だという事でした。

二日目は母親も一緒だったので、自分が懐中電灯を持って、母親がパッとテントの端っこをめくって周囲を照らしてみましたが、
テントをめくると同時に足音もしなくなり、当然何も、誰もいないという状況。
自分が初日に体験した、何もいない状況が続くだけでありました。

この事は30年以上経った今になっても、母親と「あれは何だったんだろうか?」という話になるのですが、
一緒にいながらも全く知らないままだった父親は「もうその話はいいよ」と機嫌が悪くなります。

後から知った事でしたが、川原に降りる事ができずに父親が車を停めていった大きな橋は、
いわゆる自殺の名所と言われる場所で、橋の両側には高いフェンスが張ってあります。
最近、その橋には行ってないので状況はわかりませんが、自分が知っている最後の橋の感じはそんな風でした。

自殺の名所と聞いて、あの足音が何だったのか?というのは「あぁ・・・そういう事だったのか」と思うだけで、
そりゃ~そんな所で夜中寝ていれば、足音くらいは聞くだろうと納得しています。
ただ、キャンプをしている時、近くに自殺の名所があると知っていたら、かなり怖かったとは思いますが・・・

その後、数年経ってから、ダムができてその周辺は水没しましたが、
その時思ったのは、あの足音の場所は水の底に沈んでしまうんだな・・・という事でしたけど、
最近、ダムの貯水率が下がって下が見えているというニュースを聞いた時、
あの時の足音の主も、久しぶりに地上に出たのだろうか? と、そんなどうでもいい事を考え、
今思えば、あの時のあの体験が、その後いろいろな不思議体験の始まりだったな~と思ったりもしました。

世の中には体験した本人でさえ、説明のつかない不思議な事というのはあるものですが、
人は死んで肉体を失っても、意思だけで行動ができるのだとしたら、
それはある意味、現世を生きている人間にとって希望にはならないでしょうかね?


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by momoken805947 | 2017-09-19 00:00 | 不思議な話 怖い話 | Comments(0)

連れて行かれたおじさんの話 その3

前回の投稿、連れて行かれたおじさんの話 その2 からの続きとなります。

3月27日おじさんみつかる!

3月27日に千葉に住む長男Kの方に警察から電話があったそうで、ようやくおじさんがみつかったとの事でした。
その知らせを聞いたのは母だったので、母の話によるとおじさんは農業用の用水路に落ちていて亡くなっていたとの事・・・・

自分、農業の事は全くわからないのですが、冬が終わりそろそろ田んぼや畑で農作業を・・・ということで、
用水路を点検したとか、水を流したとかでみつかったそうです。

おじさんが用水路に落ちたのが、具体的に何月何日だったのかわからないのですが、
長い間そこにいた(あった)ので、遺体の損傷がかなり激しく、警察には長男Kが足を運んだのですが、
父親かどうか確認するにあたっては、直接見たくないという事で、
所持していた財布や、財布の中身などで確認をしたという事でした。

こういう亡くなり方をした身内というのが今までいなかったもので、
火葬などがどう行われるのか?自分には全く知識がなかったのですが、
おじさんは身内の目に触れる事なく、そのまま警察の方で火葬してもらいお骨になったようです。

千葉の家は特にお墓がなかったので、おじさんのお骨は長男Kが自宅に持ち帰り、
簡易的にお供え物やお線香を置き、おばさんが寝ている部屋に置かれているという事でした。

自分と両親はいろんな事が落ち着いたら、お線香をあげに行こうという事になり、
それから一ヶ月くらい経ってからだったと思いますが、自分と両親の3人で千葉まで車を走らせたのでした。


両親と共に千葉へ向かう!


自分が千葉の家に行ったのは、姪っ子が生まれた時に一緒に行ったのが最後だったと思うので、
15年ぶりとかだと思いますが、周辺は田んぼと畑しかないような地域なので、何も変わっていないという感じでした。

おばさんはパーキンソン病なので、ほとんど部屋にあるベッドで寝ながらテレビを観ているという日々で、
おじさんのお骨は、そのおばさんが居る部屋の隅の方に置いてありました。
お線香をあげて手を合わせた後、この件は大変だったという話になり、
おじさんが買い物に出かけた1月19日の話になると、おばさんは何とも不可解な話をし始めたのであります。


おばさんの言う「二人の男」


おじさんが行方不明になった1月19日、いつものようにおじさんは買い物に出かけようとしていたそうです。
そこからおばさんは、とんでもない話をし始めました。

おじさんが出かけようとした時、壁から男の人が二人出てきたと言い出したのです。
あまりにも唐突というか突拍子もない話なので、どう自分の中で聞けばいいのか困ったのですが、
おばさんは話を続け、その壁から出てきたという男二人のうち一人は背が低かったそうで、
その背の低い男の人は短髪だったらしく、おばさんの言葉をそのまま引用すると毬栗頭(いがぐりあたま)という事でした。

更にその二人の男は、Tシャツに大きなパンツを履いていて海に行くような格好をしていたと言い、
おばさんがその二人の男の事をおじさんに言うと思うと、体が動かなくなって声も出なくなった・・・らしいのです。
どうやらおじさんは、その二人の男の存在に気がついていなかったようで、
買い物に行くと言って部屋を出て行こうとしたら、その二人の男もおじさんの後ろをくっついて行ったそうなのですが、
部屋を出る時に、男の一人がおばさんの方にくるっと振り向いて、ニヤッと笑ったと言うのです。
それを最後におじさんは帰ってこなかったので、おばさんは「あの人は二人の男に連れて行かれたんだ」と言います。
その時、自分が思ったのは「死神?」 だったのですが、
おばさんの言うように、本当にこの二人の男がおじさんの死に関わっているのだとすれば、まさにそういう事かもしれません。
ただ、こんな話を信じろと言われても・・・・

帰宅する車の中で



千葉の家を後にして、車を運転しながら横浜へ帰るという道中も、おばさんの話がどうも気になって仕方なかったので、
同乗していた両親に「なぁ、おばさんのあの話どう思う?」と聞いてみました。
父も母も「そんな馬鹿な話があるものか」と、たいして気にもしていない様子で、その話はすぐに終わってしまったのですが、
自分はおばさんの話があまりにも具体的だった事や、たまに自分も不思議な目に遭う事を思うと単なる妄想とも思えませんでした。

おばさんは70代半ばの年齢ですが、認知症のような事は全くなく、
たまにテレビで「今から30分以内に購入のお客様にはもうひとつプレゼント!」みたいな通販を見ると、
自分でそこに電話をかけて、欲しい物を購入しているというのも聞いているし、
実際に自分も面と向かって会話している時も、何か話がおかしいなどという事もありません。
おばさんは性格も真面目だし、人に嘘をつくとか、冗談を言うような人でもないので、
そんな作り話をするという事も考えにくいところがあります。


振り返って思うこと


今回のこのおじさんの事は、おじさんが行方不明になった朝にみた夢から始まったのですが、
もちろん夢とこの事に関係があるかどうかはわからないし、単なる偶然といえば偶然だし、こじつけといえばこじつけでしょう。
夢の事はあまりこだわりがなく、自分としてはどうでもいいのですが、
一番不可解だったのは、1月25日の朝にかかってきた電話の事で、3年が経過した今でもあれが誰だったのか真相は分からないままです。

あの電話がかかってきた時には、既におじさんは用水路に落ちていたと思うのですが、
自分はあの電話はおじさんのような気がしているので、もしかしたら死んだおじさんからの電話だったのかも・・とはちょっと思っています。

タクシーの運転手さんが、おじさんを目撃したという話もありましたが、
仮にそれがガセや間違いではなく、タクシーの運転手さんが見たと言うのであれば、
世の中の不思議な話として、そんな話は沢山あるしなぁとも思ったり・・・・。

最後に聞いたおばさんの二人の男の話は、あまりにも突拍子もないので鵜呑みにするというわけにもいかないのですが、
その話があまりにも具体的で、作り話や妄想にしてはリアルすぎるのです。

3年前のこの事は、世間的には事故という事になるのですが、
どうも不可解な事や話ばかりが続いたので、自分の中では落とし所のない不思議な出来事という事になっています。
読む人によっては、不思議な話だと思う人もいるでしょうし、
単なる高齢者の事故じゃんと思う人もいるでしょうが、それは読んでいただいた方のご判断という事で・・・・。

ちなみに用水路に落ちて亡くなったおじさんは、以前投稿したこちらにも登場しています。

http://momoken819.exblog.jp/23573364/

仕事の帰りに占い師に呼び止められたおじさんは、この亡くなったおじさんであります。




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by momoken805947 | 2017-07-06 20:00 | 不思議な話 怖い話 | Comments(2)

連れて行かれたおじさんの話 その2

前回の投稿 連れて行かれたおじさんの話 の続きになります。

1月25日の朝にかかってきた謎の電話

行方不明になってから、ほぼ一週間という1月25日の朝。
この日付は特に覚えてはいなかったのですが、おじさんがいなくなってから最初の土曜日で休日の出来事という記憶があったので、
後にカレンダーで確認したら25日でした。

休日だったので、普段より少しのんびり起床して朝食を食べていると、家の電話が鳴ったので母が電話に出ました。
「もしもし、○○○ですけど・・・」  そう電話に出るとしばらく間を置いて・・・
「もしもし? もしもし?」 ちょっと興奮した感じの口調になったので、テレビを観ていた自分は、
電話をしている母の方に視線が行きましたが、母はそのまま受話器を置くと、顔をしかめてこちらを見ています。

「ん?どうした?」 と聞いてみると、

何やら電話の向こうは男の人だったそうなのですが、電話に出るといきなり・・・
「あっちゃん!」 と言い、電話はそのまま切れてしまったという事でした。

間違い電話か?とも思いましたが、自分の名前が「あつし」ですから、どうも単なる間違いとも思えません。

おじさんが行方不明になって見つかっていないのと、
母が言うには、その「あっちゃん!」という言い方が、とても切羽詰ったような感じだったそうで、
母は、おじさんが悪い人にでも捕まっていて、隙をみて助けを求めて電話をしてきたのではないか?と言います。
自分はそんなドラマみたいな話は別としても、何らかの理由でおじさんが電話をしたきたような気はしましたが、
ここは冷静によく考えてみようという事になったのです。

確かに行方不明になっているおじさんは、自分の事を小さい頃から あっちゃん と呼んでくれていましたが、
他に自分の事を ちゃん付けで「あっちゃん」と呼ぶ人は身内に数人いるくらいで、
写真関係やダイビング関係の知り合いが沢山いる自分でも心当たりがなく、
友人や知り合いにはいないし、仮に電話をしてくるにしても携帯の方にしてくるはずです。

大阪に母の妹がおり、その旦那さんのおじさんは自分を あっちゃん と呼びますが、
今まで一度も電話などしてきた事もなく、仮に電話をしてくるとすれば、母の妹の身に何かあった時くらいでしょうし、
電話が切れてしまったという事なら、再度電話をしてきて要件を伝えようとするはずです。
(後日確認してみたところ、大阪のおじさんは電話はしていませんでした)

その他に自分を「あっちゃん」と呼ぶのは、父親の妹の息子にあたる従兄弟二人ですが、
兄貴の方は年賀状くらいしか来ないし、弟の方は車のディーラーで働いていて、会社の車の車検などで世話になっていますが、
会社の電話に電話をしてくることはあっても、家の電話にかけてくる事はありません。

自分は直接電話で声を聞いていないので、その声が行方不明のおじさんの声かどうかの判断はできないのですが、
おじさんは携帯電話は持っておらず、電話をかけてくるとしても公衆電話か、どこかの固定電話しかないと思われますが、
ただ、このおじさんもうちに電話をかけてきた事など一度もなく、
そんな所の電話番号を記憶しているのもおかしいし、メモ帳みたいな物も持ち歩いてもいないでしょうから、
おじさんから電話が来た・・・と考えるのも、かなり無理のある推測でした。

また電話がかかってくるのではないか?というのもあったので、しばらく待ってみましたが、
その後、電話がかかって来るという事もなく、あの電話が何だったのかわかりませんでした。
ただ、おじさんから電話という可能性も否定できないという事で、
何処かで生きているという期待というか、望みがあるという感覚になったのは確かです。


おじさんの目撃情報


電話の事は千葉に住む身内に母が伝えたようですが、もちろんいくら考えても結論など出るわけもなく、
おじさんが見つかったというような情報もないままでした。

千葉の地元の方では、おじさんを見たという目撃情報があったそうで、
千葉のおばさんから母が聞いた話によると、
タクシーの運転手さんが夜、おじさんが(おじさんの)家の近くを歩いていたのを見たそうです。

行方不明になってから10日くらいは経っていたと思うのですが、
どうもその話は自分には解せないところがあって、警察や地元の人が散々捜索したというのであれば、
そんな家の近くをウロウロしている年寄りを見つけられないわけもないし、
一年でも一番寒いであろう時期に、そんな長い間どこに寝泊まりしているのだろう?という疑問も沸きます。

通帳と印鑑を持っていなくなった・・・とかなら、資金もあってどうにでもなるでしょうが、
通帳やカードみたいな物も持っていないのは確認されているという事だったので、お金はほとんど持っていないでしょう。
そのタクシーの運転手さんが見た・・・という話は、自分は間違いかガセの可能性が高いと考えるしかありませんでした。

時間だけが過ぎてゆくが・・・


おじさんの行方がわからなくなって数日が過ぎ、1月が終わり2月になり・・・と時間だけは過ぎていきましたが、
その後は何の情報もなく、当初毎日のように千葉に電話をしていた母も、
何か進展があれば向こうから連絡があるだろうという事で、こちらから電話をする事も少なくなっていきました。

自分も仕事をしながらの日常を送っていると、おじさんの事はたまにポツンと思い出すような感じになり、
たまに思い出して「おじさんは何処に行ったんだろうな・・・」と言うと、
それを聞いて母も思い出し 「そうねぇ」 と言い、
当初、ああじゃないか?こうじゃないか?と憶測を言い合ったような感じもなくなり、
カレンダーが3月になっても、おじさんの事は全くわからないまま月日が流れていきました。


おじさん見つかる! 3月27日


この日付も具体的に記憶がなく、何となく春先だったなぁとは覚えていたのですが、
このおじさんの最初の投稿をした次の日、
両親に「なぁ、千葉のおじさんが見つかった日がいつだか覚えてるか?」と聞いたところ、
母は「さぁ具体的な日付と言われるとちょっと・・・・」という返答だったのですが、
父が「ちょっと待ってろ」と言うと、ノートを取り出してペラペラとめくり、
「ああ・・・3月27日だ」 というのでわかった次第です。 親父グッジョブ!です。

その3月27日の夜。
千葉の従兄弟、長男Kから電話があり、おじさんがみつかったという事で警察から電話があったそうです。

長くなりそうなので続きは その3で!



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by momoken805947 | 2017-07-04 00:00 | 不思議な話 怖い話 | Comments(0)

連れて行かれたおじさんの話 その1

ごく稀に不思議な体験談や、不思議な話をブログに書くので、
このブログを読んでくれるリアルにお付き合いのある人に「たまには怖い話書いてよ」と言われる事があり、
そろそろ暑くなるし、そういう季節なので怖い話というか、自分の身に起こった不思議な話を書こうと思います。
つい数年前の話ですが、忘れないように覚え書きという意味もあります。


城ヶ島大橋
この事がいつなのかは、この写真のExifを見るとすぐにわかるのですが、2014年1月19日に起こった出来事であります。

話はこの日の朝、寝ている時に見た夢からです。
自分はたまにえらくリアルな夢を見る事があり、そのリアルという意味を文字で伝えるのが難しいのですが、
夢の中で周囲の空気の匂いを感じたり、周囲の気温や風を感じたりして、
起きた時に「あぁ・・・またリアルな夢をみた」と思う時があるのです。

この日見た夢というのが、自分は道端に車を停めて誰かと電話をしているというシーンで、
助手席に会社のお金を入れたカバンを置いているのですが、突然背の高い男の人が助手席に乗り込んできました。
その男の人はこちらを見る様子もなく、前を向いたまま黙っていたので、
「君は何なんだ?」 と問いかけたところ、突然お金の入ったカバンを掴むと、車の扉を開けて走って逃げてしまいます。

自分は会社のお金を盗られてしまったので、夢の中とはいえ大焦りです。
車を飛び降りて、その男の人を追いかけるのですが見失ってしまいました。
大変な事になったと走るのですが、その時の感覚もリアルで本当に息苦しくて走り続ける事ができません。

道は坂になっていて、周囲は木が沢山あるので森に入った時のような緑っぽい匂いがしています。
道の右側には重機(ショベルカー)が置いてあり、作業していないようで人はいません。
そんな中、お金を撮ったであろう男を追って進んで行くと、住宅が並んで建っている場所に出たので、
男を見なかったか聞こうと、玄関のチャイムを押すとその家の奥さんらしい人が出てきたので、
男の特徴を説明して、そんな人を見なかったか?と聞くのですが、その家の奥さんは「知らない」という返事。

その後もすれ違う人数名に聞くのですが、誰もがそんな男の人は見なかったという返事で、
会社のお金を盗られてしまった・・・その思いで懸命に走って探すのですが、
とにかく感覚がリアルなので、夢の中なのに暑いとか、苦しいとかなんです。

しばらく夢の中で男とお金を探していたら目が覚めましたが、
あまりにもリアルだったので、こんな夢を見るというのはどんな暗示があるというのだ?と気になり、
ベッドから出るやすぐにPCを起動させ「物を盗まれる夢」というのを調べてみたところ、
”物をなくす”とか”人がいなくなる”とか、そういう暗示だという事で、
しかも、夢の中でその盗られた物が自分に戻らない場合は、なくした物がみつからないかもしれないとの事・・・

別に夢の暗示とか、占いみたいなものは鵜呑みにする方ではないので、
何となく物をなくさないように気をつけよう・・・くらいにしかその時は思っていなかったのですが・・・。


J子から来た電話


この夢を見た日は、最初の写真でお伝えした通り、三浦半島の先端にある城ヶ島に撮影に出かけました。
お昼頃家を出ましたが、写真を見ていただくとわかるように、暗くなってから城ヶ島大橋を撮ろうと思ったので撮影は夜まで続き、
帰宅したのは午後9時頃でした。

遅い時間でしたが、夕食も食べずに撮影をして帰ってきたので、
家で夕食を食べながらビールを飲んでいたら、こんな時間に滅多に来る事がない家の電話が鳴りました。
自分が食事中だったという事もあり、近くにいた母が電話に出たのですが、
母の電話の受け答えを聞いていると、どうも何か大変な事が起こったようだというのが雰囲気で分かる感じです。

母が電話を切った後、詳細を聞いてみると電話は千葉のいとこのJ子からのようで、
お父さんが昼間、買い物に行くと行って自転車に乗って出かけたまま、夜になっても帰って来ないので警察が探している・・・という事でした。

千葉に住む親戚は、おばさんが母の姉なのですが、おばさんはパーキンソン病なので歩くことが困難なため外出する事ができず、
買い物などはおばさんの旦那である、おじさんが自転車で毎日行ってみたいです。
当時、おばさんの年齢は70代半ば、おじさんは80歳くらいだったと思います。
見つからないおじさんは高齢だし、1月という事で外も相当寒かったですからとても心配になりました。

おじさんとおばさんの家には、長男Kも一緒に住んでいるのですが、その日は仕事で家にいなかったようで、
東京に住んでいる娘のJ子におばさんが連絡したのでしょう。
そのJ子がうちに連絡してきたというわけだったようです。

この電話の事で、朝見た夢の事を思い出しました。
物をなくす、人がいなくなる暗示というのをネットで見たので「あ、この事だったのかも」とは思いましたが、
単なる偶然というのもあるし、その後は夢の事はあまり気にしていなかったのです。



おじさんは見つからず・・・


翌日、母が千葉の家に電話をしてみると、長男のKが電話に出たようですが、
警察が捜してくれたにも関わらず、おじさんは見つからず行方も分からないままでした。
近所の人も手分けして捜索しているという事だったので、自分たちもそちらに行って捜索を手伝おうか?と言うと、
周囲は森のようになっている場所も多く、地理的な感覚がないと迷ってしまうし、
そうなると余計に面倒な事になり兼ねないからという理由で来ないでくれと言われました。

地理的には千葉県の大網白里町という場所なのですが、
GoogleMapで上空から調べてみると、畑や田んぼばかりの土地に、転々と森のような場所がある感じです。
確かに土地勘がない人間が、行方不明の人を探すというのは無理そうな場所でした。

長男Kの話では、スーパーと家の間におじさんが乗っていた自転車が見つかったらしいのですが、
周囲におじさんの姿もなかったようで、一体どこに行ってしまったんだろうと思っていたところ・・・


1月20日のニュース

夕方、テレビでニュースを見ていたら、
千葉県で女子高生が乗る自転車に、高齢の男性がぶつかって頭を打ち、病院に搬送されたというニュースをやっていました。
その時の報道では、その高齢の男性の身元が分からないという事だったので、
我が家では「もしかしたらおじさんじゃないのか?」という話になり、
すぐに千葉に電話して、長男のKにこのニュースの話をしました。

そのニュースはこちら→ http://ceron.jp/url/news.livedoor.com/article/detail/8451883/

事故に遭った男性が80歳くらいという事、千葉県内という事もあり、
自分はかなりおじさんの確率が高いと思っていたのですが、後に亡くなった方の名前が公表され、
おじさんではないとわかりました。

結局、数日経過してもおじさんは見つからず、一体どこに行ってしまったのだろう?と謎でしたが、
人間行き詰まるといろいろと勝手な推測をするようで、
母が考えるには、パーキンソン病のおばさんの面倒を診るのが苦痛になってしまい、
どこかに行ってしまったんじゃないか?とか、
九州の田舎に行ってるんじゃないか?とか、意見というか憶測ばかりでヒントにもならず、
結局、たいしてお金も持っていないから、どこかに行くという事も難しい事は簡単に推測できたのです。

しばらく進展もなかったのですが、1月25日の朝に電話が鳴りました。
この電話がこのブログを書いている今になっても、不可解で未だになんだったのかわからない電話となります。

長くなりましたので次回に続く


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by momoken805947 | 2017-07-01 01:00 | 不思議な話 怖い話 | Comments(2)

西伊豆の民宿で体験した怖い話 枕元に誰かいる!

このブログでも何度か書いていますが、自分はダイビングのインストラクターを20年以上やってきて、
海の中でも何度か不思議な体験をしており、またダイビングでいろんな場所に行き宿泊先などでも不思議な体験をしています。

10年以上前の話です。
長年お付き合いいただいている埼玉にお住まいのNさんご夫婦。
いつも朝に自分の自宅のある横浜まで車で来ていただき、そこからダイビングポイントのある伊豆まで自分の車に乗り換えて移動していたのですが、
このパターンだとNさんご夫婦はかなり早起きなうえ、埼玉からの移動などでダイビングをする前からお疲れになってしまっていました。

あるとき自分の提案で、仕事が終わった後、ダイビング前日の夜に横浜まで来ていただき、
夜のうちに伊豆まで移動して、宿で宿泊して次の日にダイビングしませんか?と実践してみたところ、
非常に体も楽だったと好評で、Nさんご夫婦とのダイビングはそれ以降、ほとんどが夜出発というパターンが続いていました。

その日もNさんご夫婦が埼玉から車で来ていただき、
自分の車にダイビングの器材を積み替え、20時頃横浜を出発し23時頃西伊豆に到着しました。

宿泊した宿はO荘という、年配のご夫婦が二人でやっている小さな民宿です。
当時、ダイビングは比較的盛んなレジャーで、特に夏は周囲の民宿も予約が困難だったのですが、
ここO荘は狭い道を奥に入っていかないといけなくてわかりにくく、他の宿がいっぱいでも空きがある事が多かったのです。

そんな理由でO荘に宿泊するのは初めてではなく、既に数回は宿泊をしているという感じでしたが、
初めて来た時、ちょっと嫌な雰囲気を感じてトイレに行くのも嫌だったのです。
何度か利用しているうちに、気持ちは悪いけど特に何があるわけでもなかったので、
自分の気の持ちようくらいに思い気にしないようにしていましたが、この時はちょっと事情が違いました。

毎回、夜遅くに到着するので 「遅くにどうもすいません」 と言って中に入れてもらうのですが、
ダイバーと地元の民宿は既に常識になっているパターンです。この日も23時頃の到着後、2階の部屋に案内されました。

案内された部屋は大広間に間仕切りがしてあり、むかって左側は布団を1つだけ敷いてある四畳半くらいの部屋。
右側は少し広い部屋で布団が2つ敷いてあるのでNさんご夫婦の部屋となります。
部屋と部屋の間にしてある間仕切りは、宴会などをやったり大人数の宿泊の際には外す事ができるような板がハマっている状態です。

宿に到着するのは遅いのですが、到着して 「さあ寝ましょう!」 では寂しいので、
途中、コンビニで缶ビールや簡単なおつまみを買い、部屋でしばらくプチ飲み会をしてから寝るというのが定番でした。

自分が寝る方の部屋は狭いので、Nさんご夫婦の部屋の方でテーブルを出してこのプチ飲み会をやりましたが、
奥様の方はお風呂に行ってくるという事で、N旦那さんと二人であーだ、こーだと話をしていると、
突然、N旦那さんが耳を澄ますような仕草をして、

「隣の部屋、テレビがついていませんか?」 と言うのです。

言われてみると確かにテレビの音が聞こえるので、二人で自分が寝る予定の隣の部屋に行ってみるとテレビがついていました。
僕らの他に宿泊している人はいなかったし、他にテレビをつける人はいないので勝手についたのは間違いないのですが、
リモコンが畳の上に置いてあったので、ちょっとしたリモコンの誤作動くらいにしか思っていませんでした。

「気持ち悪いな~。もし、またついたら一緒の部屋で寝てもいいですか?」と笑いながら冗談を言いテレビを消しました。
プチ飲み会の途中だったので、Nさんご夫婦の部屋に移動するとしばらくして奥さんがお風呂から戻ってきて、
3人で飲みながら喋っていると旦那さんが、

「・・・・・・またテレビの音がしてますよ」
 と言うので隣の部屋に見に行くと、やはりテレビがついていました。

一緒に寝てもいいですか?とは言いましたが、さすがにご夫婦と一緒に寝るわけにもいかず、
何となく気持ち悪いとは思いつつ、自分に充てがわれた部屋で寝るしかなかったので部屋に戻りました。

既にかなり遅い時間でしたし、明日はダイビングをしますからすぐに布団に入り寝ました。
何時間くらい経ったのかわかりませんでしたが、何か気配を感じて目を覚ましてしまいました。
しかし、目を開ける事ができません。なぜなら自分の布団の周囲を誰かがミシッ、ミシッ・・・と、ゆっくり歩いていたからです。
瞬時にあり得ない存在である事を察しました。
この時に思ったのは、目を開けて目の前に誰か知らない人が立っていたら・・・そう思うと恐怖で目を開ける事ができませんでした。
体中がカァーと暑くなり、全身に汗をかいてビッショリになっています。
それでも自分の布団の周囲には、誰かが畳を踏みしめる音とその感覚が伝わってきます。

それがどのくらい続いたのかわかりませんでしたが、突然その足音がしなくなり気配が消えました。
その時、勇気を出して飛び起きて電気をつけました。
もちろん周囲には誰もいません。ただ、ベランダに出るような大きな窓の両脇にカーテンがあり、
右側のカーテンのところが妙に気になったのです。
自分、霊感があるわけではないと思うので姿は見えませんでしたが、その時に感じたのは「いるとしたらここに立っているはず」 という感覚がありました。

その後、電気をつけたまま布団に入り、しばらく緊張状態でピリピリしていましたが寝てしまい気がついたら朝。

宿のおばちゃんが2階に朝食を運んでくれて、広い方のNさんご夫婦の部屋で3人朝食を食べましたが、
N奥様が恐る恐る 「夜中に電気をつけましたけど何かありましたか?」 と聞いてきました。

どうやらNさんご夫婦の寝ている部屋と、自分の部屋との間にある間仕切りの隙間から電気の灯りが漏れていたようで、
自分が飛び起きて電気をつけた時、奥様も起きてしまったようで電気をつけた瞬間、何かあったのか?とちょっと心配だったようです。

朝食を食べながら、実は夜中にこんな事があったという話をしましたが、
誰もいない部屋のテレビが勝手についたところまでは、Nさんご夫婦は知っているので気持ち悪いという事になり、
朝食を食べたら宿を出ようという話になりました。

朝食後、自分は宿代を払おうと思い、1階に降りて行って宿のおばさんにお支払いをしました。
その際、おばさんとちょっとした会話になり、今年の夏は涼しくて孫が遊びに来たけど海にも行けず、
タンスに登って飛び降りたりと大変な夏休みだったとか、話の内容まで何となく覚えているのですが数分間会話をし、
2階に上がっていくと、上の廊下でN奥様が嫌な顔をしながらこちらを見てこう言いました。

「あの・・・・今、下の方にいましたよね?」

自分は宿代を払うために下に行っていましたと答えると奥様、

自分たちが使った布団をたたんで、部屋の間仕切りの脇に重ねて置いていたそうです。
たたんだ布団に寄りかかっていたら、隣の部屋で誰かが歩く音がしていて・・・・というのです。

自分は下にいましたから、その部屋には誰もいるはずがありません。
すっかり気持ち悪くなり、その後すぐに宿を後にしてダイビングのポイントに移動しました。

ダイビングはいつも通り無事に終わり、帰宅する途中の車の中で民宿での話になったので、

「僕は例の足音については、姿が見えるというわけではありませんが、
 頭の中にあるイメージは、背が高くて細身のメガネをかけた男の人なんですよね・・・」
と言うと、

N奥様はビックリしたような顔をして 「あ、私もまさにそのイメージなんです」 と言いました。

あの時体験した不思議な出来事は、幽霊をモロに見たという事ではありません。
ただ、あの布団の周囲を歩く畳の音というか感触は、あきらかに人間の体重です。
幽霊に体重、重さがあるのか?については全くわかりませんが、
この現代においても、幽霊がいるかいないかという事に結論が出ないのは、体験した人間でさえ、
それが何だったのかわからないというという事があるのかもしれません。

その後、自分はいろいろな不思議体験や怖い思いをしたせいか、この手の事に慣れてきたというのがあったので、
再度、あのO荘に行ってあの部屋に寝てみようかな?とひそかに考えていました。
2年位前にダイビングサービスのオーナーに聞いてみたところ、
O荘はおばちゃんが認知症になってしまい、民宿はもうやっていないとの事でした。

興味本位であそこで何かあったのだろうか?とネットで調べてみたのですが、
どうやらO荘の近所で一家が惨殺されたという事件があったようです。
このニュースをみつけた後、すぐにNさんご夫婦に報告しましたが、
そのニュースとあの出来事がリンクしているのかどうかは知るすべもありません。


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by momoken805947 | 2015-08-22 02:52 | 不思議な話 怖い話 | Comments(0)

不思議な千葉の占い師の話

コメント欄の方に、体験した不思議な話を・・・というご希望があったので、
まだ暑いですし、ちょっと不思議な話で涼しくなっていただきましょう。(怖い話ではないと思います)

少し前の投稿でこんな話を書きました。 http://momoken819.exblog.jp/23539717/
その続きというか、関連した話です。

日航機が御巣鷹山に墜落したのは1985年8月12日ですが、母方の祖父が亡くなったのが同じ年の7月7日でした。
自分が高校1年生だった時の話です。

母の実家は岡山県倉敷市という所ですが、亡くなった祖父の四十九日の法要で親戚が集まっていました。
タイミング的には日航機が墜落して、身内のおばさん(名前の頭文字をつけて以後Sおばさんとします)が亡くなったばかりという時です。

母には千葉に住む姉、大阪に住む妹、そして岡山の実家に住む弟がおり、
祖父の法要で集まったにも関わらず、話題は亡くなったSおばさんの飛行機事故の事の方が多かったと思います。
そんな中、千葉から来た母の姉(以後 千葉のおばさん)が突然、

「はっ!こ、これだわ!」
 と大声を上げたと思ったら、上の方を見たまま声も出ず震えていました。

周囲の人達は何の事かさっぱりわからず、ただならぬ千葉のおばさんの様子にどうしていいのかわからず・・・・
しばらくして千葉のおばさんが落ち着きを取り戻し、何の事か聞いてみるとこんな話をしてくれました。

数日前、千葉のおばさんの旦那さん(以後 千葉のおじさん)が会社帰りに、路上で商売をしている占い師の人に突然呼び止められたそうです。
その占い師の人いわく、お金はいらないからちょっとこっちに来なさいという言い方だったそうで、

「あなた今、何か心配事があるんじゃないか?」 と聞かれたらしいのですが、
考えてみても思い当たるような事がなく、その時に思い出したのが、

「息子が九州の友達の家に遊びに行くと言って出て行ったが、全く連絡がないのでちょっと心配している」
と言うと、

占い師の人は「その事については大丈夫だ」と言い、続けてこう言ったそうです。

「あなたの家か、あなたの身内の家のどこかに書物(かきもの)があるはずだ。 
 それに穴が2箇所開いていて破れているので、それを早く修復しないと大変な事になるからすぐに探して修復しなさい」

自分もそうですが、占いそのものをあまり信じていないし、占い師なんて胡散臭いと思っているところがあるので、
路上で呼び止められて、こんな事を言われても真剣にそんな物を探そうとは思えないと思います。
こんな事を言われた千葉のおじさんは、帰宅してからおばさんにその話をしました。

そして数日後、我々が祖父の四十九日の法要で岡山に集まった時、千葉のおばさんはそれを見つける事になります。
岡山の実家の1階の和室にそれはありました。

自分には何と書いてあるのか読めなかったし、覚えてもいないのですが書き初めで書くような書が飾ってあり、
それに何かにぶつけたように2箇所、破れて穴が開いていました。
千葉のおばさんはそれを見て、自分の旦那の話に出てきた問題の物はこれだと直感的に思ったようです。

この家に住んでいる母親の弟に聞いてみると、
この書を書いた人はなんと、日航機の事故で亡くなったSおばさんだという事でした。
事故で亡くなったSおばさんは書道の先生だったらしく、おそらく亡くなった祖父に生前寄贈した物だったと思います。

千葉の占い師の人の話も不思議でしたが、
問題のこれを書いた人が、数日前に飛行機事故で亡くなっているという現実をどう考えていいのかわかりませんでした。
しかも、占い師の人の言った「修復しないと大変な事になる」というのが今でもどう理解していいのかわかりません。
というのも、飛行機事故の前に、これを修復していたらSおばさんは事故に遭わずに済んでいたのだろうか?というのが自分の疑問です。

この後、この書の破れた2箇所の穴は母親の弟がすぐに修復しまして、その後岡山に行った時に自分もそれは確認しています。

上の方にも書きましたが、自分は占いも占い師もあまり信じている人間ではありません。
ただ、この事があってから、世の中にはごく一部に本当に凄い能力を持った人はいるのだろうと思っています。
多分、こういう人って何かビジョンが見えるんでしょうね。

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by momoken805947 | 2015-08-19 18:00 | 不思議な話 怖い話 | Comments(0)